コンプライアンス・パワーハラスメント・セクシャルハラスメントについて

 第1 セクシュアル・ハラスメント(通称セクハラ)

 1 定義

セクシュアル・ハラスメントとは,相手を不快にさせる性的言動をいい,基本的には受け手がその言動を不快に感じた場合をセクシュアル・ハラスメントという。

ここに,性的言動とは,性的な冗談や意図的に性的な噂を流したり,個人的な体験談を聞いたり,不必要な接触,わいせつ行為,ヌードポスターの提示などをいう。

2 セクハラの規制対象者

役員・理事等の経営者,上司,部下,同僚などのほか,顧客・取引先の従業員も含まれる。

男性から女性のみならず,女性から男性および同性間も含まれる。

また,職場におけるセクハラの場所的範囲とは,従業員が通常仕事をしている場所以外に,取引先,商談の場所,出張先,業務中の車内,取引先の自宅などに加え,職場の宴会・旅行など職場の延長線上の場面も含む。

3 セクハラの分類

A 場所別,行動別分類

a 職場内外で起きやすいもの

(1) 性的な内容の発言関係

性的な関心,欲求に基づくもの

■ スリーサイズを聞くなど身体的特徴を話題にすること

■ 聞くに耐えない卑猥な冗談を交わすこと

(2) 性的な行動関係

性的な関心,欲求に基づくもの

■ ヌードポスター等を職場に貼ること

■ 雑誌等の卑猥な写真・記事等をわざと見せたり,読んだりすること

■ 身体を執拗に眺め回すこと

■ 食事やデートにしつこく誘うこと

性別により差別しようとする意識等に基づくもの

■ 女性であるというだけで職場でお茶くみ,掃除,私用等を強要すること

b 主に職場外においで起こるもの

性的な関心,欲求に基づくもの

■ 性的な関係を強要すること

性別により差別しようとする意識等に基づくもの

■ カラオケでのデュエットを強要すること

(3) セクハラの対象範囲を拡大する考えあり

人事院規則(公務員対象)では,性別により役割を分担すべきとする意識に基づく言動も「性的言動」に含まれると定める。

具体的には,「男のくせに根性がない」「女には仕事を任せられない」「女性は職場の花でありさえすればいい」などと発言することである。

さらに,セクハラを広く解釈する意見もある。

個人の容姿,服装などについて批判的な発言まで拡大し「いつも同じ服ばかり着ていますね」,さらには個人の容姿・服装に肯定的な発言「今日は一段と綺麗な服装ですね」を含むと解釈する考えまである。

B 被害者の不利益別セクハラの分類

セクハラは,その発生状況などから,一般的に対価型セクハラと環境型セクハラとに分類することができるとされている。

男女雇用機会均等法に基づき「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年10月11日厚労省告示第615号)においても,対価型セクハラと環境型セクハラとに分類している。

分類して整理することにより,どのような行為がセクハラに該当するのか,どのような対策を採るべきかについて参考になる。

(1) 対価型セクハラ

対価型セクハラとは,職場において行われる性的な言動に対する従業員の対応により,その従業員が解雇,降格,減給等の不利益を受けることをいう。

典型的な例として次のようなものがある。

■ 事務所内において事業主が従業員に対して性的な関係を要求したが,拒否されたためその従業員を解雇すること

■ 出張中の車中において上司が従業員の腰,胸等に触ったが,抵抗されたためその従業員について不利益な配置転換をすること

(2) 環境型セクハラ

環境型セクハラとは,職場において行われる性的な言動により従業員の就業環境が不快なものとなり,その従業員が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを言う。

典型的な例として次のようなものがある。

■ 事務所内において上司が従業員の腰,胸等に度々触ったため,その従業員が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること

■ 同僚が取引先において従業員に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため,その従業員が苦痛に感じて仕事が手につかないこと

4 セクハラ防止の目的

A 従業員の基本的人権の侵害防止

セクシュアル・ハラスメント行為は,個人の名誉,プライバシーなどの人格の侵害である(憲13条)。

心や体の健康を害した結果,耐えきれずに退職せざるを得なくなるケースもある。

また,セクシュアル・ハラスメントを拒否したり,苦情の申し出をしたことにより,勤務条件の面で不利益を受けたりすることもある。

B 事業主の不利益防止

勤務条件や勤務環境に対する影響である。

セクシュアル・ハラスメント行為は,職場の人間関係を悪化させ,組織の士気を低下させる。

また,職場の秩序を乱したり,公務の信頼性を失墜させてしまう場合もある。

C セクハラの法的規制

事業者の規制法としては,労働基準法,民法の雇用関係法規の解釈による不法行為,債務不履行責任の一般規定(明文なく解釈上)に加えて,男女雇用機会均等法第21条による明文規定がある。

(1)

ア 事業主は,①職場おいて行われる性的言動に対する女性従業員の対応により女性従業員がその労働条件につき不利益をうけること(対価型セクシャルハラスメント),②職場における性的な言動により女性従業員の就業環境が害されること(環境型セクシャルハラスメント)がないよう,これを防止する雇用管理上の配慮をしなければならない。

同法において,事業主には,セクハラ防止の為の措置をとることが義務付けられている。

具体的には,

就業規則にセクハラに関する規定を記載

セクハラに対する研修会の開催し,従業員の意識高揚

セクハラ防止のための社内報などで従業員へ周知など

と考えられる。

事業者は,性別を理由として役割分業を行うことは,男女雇用機会均等法の差別禁止規定に違反する場合もある。

イ 同法第5条・第6条

募集・採用,配置(業務の配分及び権限の付与を含む。),昇進,降格及び教育訓練,福利厚生(※),職種・雇用形態の変更,退職の勧奨,定年・解雇・労働契約の更新などの雇用管理の各ステージにおける性別を理由とする男女双方に対する差別的取扱いを禁止。

 

禁止される差別の例

■ 募集又は採用に当たって,男女のいずれかを排除すること。

■ 一定の職務への配置に当たって,その対象から男女のいずれかを排除すること。

■ 福利厚生措置の実施に当たっての条件を男女で異なるものとすること。

■ 退職の勧奨に当たって,その対象を男女のいずれかのみにすること。

■ 労働契約の更新(雇い止め)に当たって,その対象から男女のいずれかを排除すること。

 

〈適用除外〉

業務の正常な遂行上,一方の性でなければならない職務に従事する場合や労働基準法上,女性の就業が制限されている場合など一定の場合においては,男女異なる取扱いをすることは均等法の規定に違反することとはならない(差別禁止指針第2の14)。

 

ウ 直接の差別でなくとも,間接差別も禁止される。

同法第7条関係

間接差別とは,性別以外の事由を要件とする措置であって,他の性の構成員と比較して,一方の性の構成員に相当程度の不利益をあたえるものを,合理的な理由がないときに講ずること。

厚生労働省令で定める以下の3つの措置については,合理的な理由がない場合,間接差別として禁止される。

 

① 厚生労働省令で定める措置1

従業員の募集又は採用に当たって,従業員の身長,体重または体力を要件とするもの

身長170センチ以上の従業員だけを対象にする部署

 

② 厚生労働省令で定める措置2

コース別雇用管理における総合職の従業員の募集又は採用に当たって,転居を伴う転勤に応じることができることを要件とすること

 

③ 厚生労働省令で定める措置3

従業員の昇進に当たり,転勤の経験があることを要件とすること

セクハラの加害者と被害者

 

(2) 従業員のセクハラ行為規制法

民法の不法行為の一般規定,または,刑法の性犯罪関係による規制のみ(セクハラ特例法という法規はない)。

(3) セクハラと法的責任

ア 人権侵害

セクハラは,憲法上保障された権利の侵害であり,その権利を無断で荒らされる行為である。

イ 民事責任

不法行為,債務不履行に基づく損害賠償請求ができる。

不法行為であるかないかは,違法性があるかないかで判断される。

 

① 総合的判断基準(名古屋高裁金沢支部平成8年1月30日判決)

総合的判断基準としては,

訴訟においては,どのような行為がセクハラになるのかということが一般的に判断されるのではない。

法的に保護すべき人格権など(被侵害利益)を侵害する行為が,具体的にあったか否かという観点から違法性の有無が判断される。

当該行為がセクハラに該当するか否かは具体的事情によって異なってくる。

この違法性の有無の判断は,基本的には,被侵害利益と侵害行為の態様などの相関関係から判断されることになる。

ただし,訴訟において違法なものとして損害賠償請求が認められるためには,被害者にとって不快な行為がすべてセクハラとして違法となるのではなく,社会的に見て許容される範囲を超えることが必要である。

裁判例において,違法性の有無の判断は,「職場において,男性の上司が部下の女性に対し,その地位を利用して,女性の意に反する性的言動に出た場合,これがすべて違法と評価されるものではなく,その行為の態様,行為者である男性の職務上の地位,年齢,被害女性の年齢,婚姻歴の有無,両者のそれまでの関係,当該言動の行われた場所,その言動の反復・継続性,被害女性の対応等を総合的にみて,それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には,性的自由ないし性的自己決定等の人格権を侵害するものとして,違法となるというべきである」とされたり(名古屋高裁金沢支部平成8年10月30日判決),「行為の具体的態様,当事者相互の関係,とられた対応等を総合的に吟味する必要がある」とされている(大阪地裁平成8年4月26日判決)。

 

② 個別的の判断するべきもの

セクハラとは,相手方の意に反する性的言動のことを言うとされているが,同じ言動に対してもその受け止め方に個人差があるため,具体的にどのような行為がセクハラになるか判断するのは困難となる。

ただし,相手方の置かれた状況や性格などから,はっきりと嫌だという拒絶の意思表示ができない場合も考えられるので,相手方から拒絶の意思表示がなかったからといって安易にセクハラにならないと考えるべきではない。

あくまで,相手方の主観を重視する必要があるので,相手方はどのように思っているのかということを思い巡らせて慎重に行動する必要がある。

雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の通達(平成10年6月11日女発第168号)によれば,女性従業員の主観を重視しつつも,事業主の防止のための配慮義務の対象となることを考えると一定の客観性が必要である。

具体的には,セクシャルハラスメントが,男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮すると「平均的な女性従業員の感じ方」を基準とすることが適当であるとしています。

ただし,女性従業員が明確に意に反することを示しているにも関わらず,さらに行われる性的言動は職場におけるセクシャルハラスメントと解されうるものであるとしている。

つまり,当該言動が通常嫌がられるような性的言動であると一般的にいれるか判断をし,一般的に嫌がられるような言動とまではいえなくても,相手方の主観を重視し,当該言動を受ける相手から拒絶の意思表示のあったにもかかわらず,その後も継続したような場合などはセクハラというべきである。

 

③ セクハラの参考判例

(1) 和歌山地方裁判所平成10年3月11日(判例時報1658号143頁)

[事案]

取締役Y1らが,女性従業員Xに対し,継続的に「おばん。ばばあ。くそばば。」と呼び,胸や尻などをすれ違いざまに触る,性器の名前を面と向かって大声で言う,「生理の上がったおばん,手伝えよ」等々と執拗に絡んで嫌がらせをした。退職を余儀なくされたXは,取締役Y1らと会社を相手取って賠償請求。

[判決]

Y1らの行為については,人格権を侵害する不法行為であることは明らかであるとした。

また,会社の責任についても,「被告Y1らは,被告会社の被用者であり,また,被告Y1らの前記不法行為は被告会社の営業時間内に,被告会社の営業所内で行われたものであるから,被告Y1らの職務と密接な関連性があり,被告会社の事業の執行につき行われたものと認めることができる」とし,民法715条により責任を認め,慰謝料110万円(請求額550万円)を認容。

[ポイント]

慰謝料の金額は,本件行為が継続的,集団的に行われたものであり,Xの精神的苦痛が相当のものであったことを考慮している。

 

(2) 大阪高等裁判所平成10年12月22日判決(大阪市立中学校事件)

[事案]

中学校の英語教諭(男性)Yが,同中学校の英語教諭(女性)Xに対し,職員室で,外国人英語指導助手(ALT)に対し「彼女が生徒に厳しく当たっているのは,性的に不満があるからだ」と他の教諭にもわかるような簡明な英語で言ったり,新年会の2次会のカラオケボックスで,同僚教師が集まっている中でALTに「彼女に男さえいれば,性的に満たされるのに」等と簡明な英語で述べたりした。

背景事情として,従前は同校の英語教育の中心がYであったのが,X赴任後は中心がXとなったという事情あり。

[判決]

第1審は,Yの行為は,Xに対する妬みを動機とする嫌がらせ,いじめと評価することができ,Xの人格権を侵害するものと言うべきであるから,不法行為に該当する,として慰謝料100万円の請求のうち,50万円を認容した。

他方,第2審は,Xの妬みという動機を否定し,慰謝料30万円に減額(X上告するも上告棄却)。

[ポイント]

同僚による発言型セクハラであること,発言が日本語ではなく(簡明な)英語であったが,同室していたのは英語教師や外国人ALTであった点に特色がある。

 

(3) 京都地方裁判所平成10年3月20日判決(判例時報 1658号143頁)

[事案]

寺の代表役員Yは冗談でひわいな内容を書いた書面(男女が夜の営みをするほど 熱心に仕事をすれば,男性器が立つように倉も立って生活が豊かになる,という意味の句)を作成し,台所関係の仕事をしている女性職員Xらに見せたり,筆を洗い場で洗っている時に,近くにいたXらに,「筆下ろし」などと言いながら筆先で肘から手首あたりを触ったりしたことが数回あった。また,YはXの肩を1,2回「お加持(手を当てるとお陰があるという宗教上の言葉)やで」と言いながら触った。

Xは,加害者Y及び寺(職場環境配慮義務違反)に対し連帯して100万円の慰謝料を請求。この提訴及び弁護士による記者会見は,各新聞が取り上げY及び寺は反訴として,Xに対し,新聞への謝罪広告の掲載と合計1300万円の慰謝料の支払いを求めた。

[判決]

X主張の上記事実は認めた上で,YがXの肩に手をかけて二人で映っている写真が存在するなど,Yによる上記行為の後においても,「XとYとの関係は,険悪なものではなかったことは明らかであり,原告が供述するようにXがYを避けていたという関係は認められない。もちろん,Yは,A寺の代表役員でありXの上司であることからすると,Xとしては,Yの申出や誘いは断りにくいという面があることは否定できないが,例えば,前記絵画の件にしても,XがYに積極的に絵画を譲ってほしい旨の申入れをし,お礼にスリッパをYに渡しているのであって,Yの申出にやむなく応じたというものではない。したがって,XとYとの関係は,上司・部下という関係を十分考慮に入れても,険悪なものではなかったことは明らかである」とした。

そして,上記行為についても,これらの行為はその行為がされた状況や行為態様からすると,社会的にみて許容される範囲を逸脱しているということはできないのであって,違法な行為とはいえないとし,不法行為の成立を否定し,請求を棄却した。

[ポイント]

問題となった当該行為のみならず,行為の前後におけるXとYとの間における一連の経緯をも含めて,Xの供述の信用性等につき判断している。

 

(4) 鹿児島地方裁判所平成13年11月27日判決(K県医師会事件)

[事案]

Y3(社団法人K県医師会)の職員であったXは,事務局における研修旅行の2次会 の際,酒に酔っていた事務局長Y1から,肩に手を回す,軽く唇にキスする,Xに手を回したまま後ろに倒れる等の行為をされた。庶務経理課長のY2は,Y1の行為を何ら制止しなかった。

Xは退職後,Y1・Y2・Y3の三者を相手取って訴訟提起

[判決]

Y1の上記行為につき,仕事上の地位を利用して行ったXの意思に反する性的意味を有する身体接触行為であって,社会通念上許容される範囲を超えるとして不法行為を認め,慰謝料30万円を認容。

また,Y3については,民法715条の責任については,一度解散した後に被告らと原告が偶然出会って開催されるに至った本件二次会の経緯に照らせば,セクハラ行為が民法第715条所定の事業の執行につき行われたということはできないとして使用者責任を否定したものの,平成11年4月の男女雇用機会均等法改正によって事業主のセクハラ行為防止のための配慮義務が規定されたことは公知の事実であり,事業主はセクハラ防止のため雇用管理上必要な配慮を行う義務を有するとした。

そのうえで,Y3においては,本件以前にセクハラを防止する組織的措置は全く取られていなかったところ,管理職及び一般職員が,本件において問題となったような行為程度ならセクハラに該当しないとの認識を有していたことは明らかであり,職員らのセクハラ行為に対する知識及び認識は極めて不十分であったことから,Y3は職場環境維持・調整義務を懈怠していたものとして,民法709条により不法行為責任を負うとした(Y1と連帯債務)。

なお,Y2に関しては,単に制止しなかったことをもって直ちにセクハラ行為であるとは認められないとして,責任を否定。

[ポイント]

Y3の責任につき,平素よりの職場環境維持・調整義務が尽くされていなかったことをもって,不法行為責任の成立を明確に認めている。事業主におけるセクハラ指針の周知・順守の重要性がみて取れる。

 

ウ 使用者責任

セクハラ行為が,業務中や業務の一環として時間におこった場合は,使用者の責任も追及できる可能性もある。

エ 事業主の債務不履行責任

事業主には,セクハラの発生を極力防止する義務とセクハラが発生した場合に,適切に対処し問題を解決する義務がある。

これらの義務を怠った事業主は,民法上の債務不履行責任に問われる可能性がある。

 

オ 刑事責任

刑事責任には,強姦罪,強制わいせつ罪,軽犯罪法上の付きまとい行為などがあり,ストーカー行為については,傷害罪,信用毀損罪,名誉毀損罪,などの適用のほか,ストーカー法の適用も可能性がある。

同省が明文化したパワーハラスメントの定義は『職場のパワーハラスメントとは,同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』である。

なお,優位性とは,職場における役職の上下関係のことではなく,当人の作業環境における立場や能力のことを指す。

たとえば,部下が上司に対して客観的になんらかの優れた能力があり,これを故意に利用した場合であれば,たとえ部下であっても上司に対するパワーハラスメント行為として認められるようになる。

同僚が同僚に対して行ういじめも同じ仕組みである。

 

<参考>

ジェンダーハラスメント

ジェンダー・ハラスメントとは,性に関する固定観念や性別役割分担意識に基づく差別や嫌がらせのことを言う。

例えば,女性だけにコピーなどの補助的業務をさせたりお茶くみなどをさせることを言う。

セクハラの最広義の概念の「相手方の望まない性的な行為」に,ジェンダー・ハラスメントを含める考え方もありますが,女性だけにコピーなどの補助的業務やお茶くみをさせることは性的な言動とは言えないため,ジェンダー・ハラスメントはセクハラから除外すべきであるとする考え方も有力である。

雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の通達(平成10年6月11日女発第168号)によれば,「例えば女性従業員のみに『お茶くみ』等を行わせること自体は性的な言動には該当しないが,固定的な性別役割分担意識に係る問題,あるいは配置に係る女性差別の問題としてとらえることが適当である」とし,ジェンダー・ハラスメントをセクハラとは別の問題として捉えている。

このように,セクハラの概念の中に,ジェンダー・ハラスメントを含めるか否かについて議論があるところであるが,ジェンダー・ハラスメント自体が女性差別の問題となることも十分にあり,性に関する固定観念や性別役割分担意識に基づく差別などがセクハラの温床になるとも考えられるので,ジェンダー・ハラスメントについても,セクハラと同様に解消に努力すべきであると考えられる。

 

第2 パワーハラスメントの定義

1 職場のパワーハラスメントとは,同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』。(厚労省の定義)

注意点:人間関係や専門知識などで優位な立場の同僚,部下から受ける嫌がらせなどもパワハラとする一方,指示や注意,指導を不満に感じた場合でも,業務上の適正な範囲で行われている場合は該当しない。(職場のいじめや嫌がらせ問題を検討する厚生労働省の円卓会議提言)

2 パワーハラスメントの6つの類型

厚労省は,職場のパワーハラスメントに当たる行為として,6つの類型を挙げている。

① 暴行・傷害(身体的な攻撃)

② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)

③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)

④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求)

⑤ 業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)

⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

 

注意点:

①については,業務の遂行に関係するものであっても,「業務の適正な範囲」に含まれるとすることはできない。

②と③については,業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できないことから,原則として「業務の適正な範囲」を超えるものと考えられる。

④から⑥までについては,業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があると考えられる。こうした行為について何が「業務の適正な範囲を超える」かについては,業種や事業主文化の影響を受け,また,具体的な判断については,行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあると考えられるため,各事業主・職場で認識をそろえ,その範囲を明確にする取組を行うことが望ましい。

 

3 パワハラの影響

従業員のメンタルヘルスをはじめとして組織を内部から破壊する危険性が潜む。

 

4  服務規程との関係

従業員は事業主との間で労使契約を締結し,事業主から業務に関して,指揮監督を受ける立場にある。事業主の意思決定は,取締役会や理事会で決せられ,業務執行は代表権を有する代表者が行う。通常代表者は,その業務執行を従業員に指示し,従業員はその指示に従う義務がある。これが業務命令遵守義務である。その他,業務命令に従う義務,職場秩序維持義務,誠実(勤務)義務 などがある。

判例も従業員には服務規定を含めた事業主秩序遵守義務があることを認めています。事業主秩序は事業主の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠であるからである。

したがって,事業主(上司)が,これらの義務に基づいて,従業員を指導監督することはパワハラにはならない。

もっとも,指導監督といえども,判例は,社会通念上許容される範囲を超えている場合は,パワハラに該当するとされている。

5 参考判例

(1) 名古屋地方裁判所平成6年1月18日判決(判例タイムズ858号272頁)

[事案]

(刑事の事案)

元警備員であったYは,自分が会社を退職せざるを得なくなったのは元上司であるXの策略によるものであったと思いこみ,約7か月間にわたり,X宅付近をうろつき,X宅に向かって「ばかやろう,ばかやろう」「泥棒」「出てこい」と叫び,ダンプカーを空ぶかしする等の嫌がらせを継続した。その結果,Yは,加療3か月のうつ状態となった。

[判決]

懲役2年6月(実刑)

[ポイント]

直接的にはパワハラの事案ではないが,嫌がらせの程度が激しいパワハラの場合には,民事上の責任のみならず刑事上の責任も問われうる。

 

(2) 東京地方裁判所八王子支部平成2年2月1日判決(判時 1339号140頁)

[事案]

工場内における機械類の取扱等に関して,製造長Y1による指導監督に付随した反省書の作成(3か月間に10通)が問題となった事例。これにより,Xは,めまいの外,手足が痺れるなどの症状が現れ,医師から10日間の休養加療を要する心因反応等の診断を受け,12日間欠勤した。

[判決]

「以上のとおりであるから,Y1がXに対して注意したり,叱責したことはいずれも,Y1がその所属の従業員を指導監督する上で必要な範囲内の行為であったというべきであり,これらの事項について反省書等を求めたことも,概ね裁量の範囲を逸脱するものとは言えない。ことに,労働者として,その安全や,機械の操作や,工程管理や,作業方法に関する原告の誤りを是正させるために反省書等を作成提出させるのは,適切な行為というべきである。

しかしながら,渋るXに対し,休暇をとる際の電話のかけ方の如き申告手続上の軽徴な過誤について,執拗に反省書等を作成するよう求めたり,後片付けの行為を再現するよう求めたY1の行為は,同被告の一連の指導に対するXの誠意の感じられない対応に誘引された苛立ちに因るものと解されるが,いささか感情に走りすぎた嫌いのあることは否めず,その心情には酌むべきものがあるものの,事柄が個人の意思の自由にかかわりを有することであるだけに,製造長としての従業員に対する指導監督権の行使としては,その裁量の範囲を逸脱し,違法性を帯びるに至るものと言わざるを得ない。」として,不法行為の成立を認め,会社に減額賃金5万円(請求額500万円)の支払いと,Y1らに対して慰謝料15万円の支払いを認めた。

 

(3) 旭川地方裁判所平成6年5月10日決定(判例タイムズ874号187頁)

[事案]

旭川市内に勤務する損害調査会社の従業員に対し,1年3か月の休職を経て復職協議をなしている際に,復職後の選択肢の一つとして東京への転勤を命じ,もしこれを拒否した場合には懲戒解雇する旨通告された状況下で提出した退職届の効力が問題となった事例

[判決]

「Yは,就業規則14条に基づき,業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが,転勤,特に転居を伴う転勤は,一般に,労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから,使用者の転勤命令権は無制約にこれを行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ,当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合であるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきであり,右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもって容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当ではなく,労働者の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤労意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定することができるというべきである。」と判示したうえ,東京へ転勤となれば,Xは妻や10歳,6歳,4歳の子供と離れて単身赴任となり,その間妻が全ての家事をなすこと,Xがいまだ通院中であること,旭川支社において同支社以外に転勤した例はなかったこと等に照らして配転命令権の濫用であるとした。

そのうえで,復職協議において転勤に応じなければ懲戒解雇する旨告知し,かなり語気を荒くしてXに迫った行為は強迫行為に該当するため,Xのなした退職の意思表示は無効である。

[ポイント]

本件は,直接的には会社の配転命令が権利濫用となるか,及びXによる退職届の有効性が争われた事案だが,懲戒処分を告知することでの強迫等は,十分に違法なパワハラに該当するであろう。

 

(4) 東京高等裁判所平成20年9月10日(H菓子店事件判例時報2023号27頁)

[事案]

契約社員として勤務していたX(女性)は,上司であるYから,休日明けの出勤日に「昨夜遊びすぎたんじゃないの」,勤務中に「頭がおかしいんじゃないの」「エイズ検査を受けた方がいいんじゃない」「秋葉原で働いた方がいい」などと言われ,また,クリスマスの打ち上げの席では「処女に見えるけど処女じゃないでしょう」などと言ったためXが泣き出すということがあった。Xは,会社を相手取って損害賠償訴訟を提起。

[判決]

第1審は,Yの発言は職場での雑談の域を出ず,適切なものであったとまでは言えない部分があるとしても,直ちに損害賠償義務を生じさせるような違法性を帯びるものとは認め難いとして不法行為を認めず,請求を棄却。

これに対し,第2審は,Yの発言は,全体的にみると,Xにおいて各発言を強圧的なものと受け止め,または性的な行動を揶揄しまたは非難するものと受け止めたことにも理由があるとし,その他についても,Xの人格をおとしめ,性的にはずかしめる言動であるとして不法行為を認めた。

また,Yの言動は,店長として部下従業員であるXに対し職務の執行中ないしその延長線上である慰労会ないし懇親会において行われたものであり,会社の事業の執行について行われたものであるとして,会社の責任を認め,慰謝料50万円,逸失利益99万5616円(手取り6か月分),弁護士費用20万円の合計169万5619円の支払いを命じた。

[ポイント]

慰謝料のみならず,逸失利益(「精神的に回復して再就職するまでには少なくとも6か月程度の期間を要すると認めるのが相当」とした)を認めた点に実務的意義がある。このように,近時では損害の範囲が次第に拡大される傾向があるともいえる。