第12回国選シンポジウム岡山大会を振り返って
賀 川 進 太 郎
国選シンポジウム実行委員に選任
昨年12月14日、岡山市の岡山コンベンションセンターにおいて、第12回国選シンポジウム岡山大会が開催された。岡山では、もちろん中国地方でも初の国選シンポジウムである。国選シンポは2年に1回ごとに各単位会で行われるので、まさに100年に一度の開催となるビックイベントである。
この国選シンポには、当初の目標を上回る430名の方が参加され、内容的にも充実しており「成功」の評価頂けるのではないかと思っている。
成功の評価を頂けるという受け身の表現から、私がこのシンポの傍聴人ではなく、開催側に属していたことがわかっていただけると思う。
国選シンポの準備は早くから行われる。私が国選シンポの実行委員に選任されたのは、平成23年10月であった。これまで、国選シンポに参加したのは平成22年の京都大会、もちろん傍聴しただけである。私は、平成23年4月より岡山弁護士会の刑事委員会委員長に就任し、同時に日弁連刑弁センターの委員にも就任したばかりであったが、まずはこの準備期間の長さに驚いた。しかも、委員会の雰囲気はもう準備時間が足りないという感じであり、一体どのような準備するのか興味津々であった。
岡山で開催されるといっても、委員は全国から選任されているので、月に一度の委員会は東京で開催された。まもなくして、委員会は4つの部会に分かれた。報酬部会、第3段階部会、第4段階部会、制度改革部会である。私は、第4段階部会の所属となった。
第4段階部会とは
第4段階部会とは、逮捕段階において全被疑者に対して、どのように国選弁護を付けるのか研究する部会である。
周知のとおり、現在の国選弁護段階は勾留段階の重大事件の被疑者までであり、これは第2段階である。これを勾留段階の全被疑者まで拡大するのが第3段階となる。
逮捕段階から、国選弁護人を付けるとすると当然刑訴法の改正が必要となり、予算も伴う。予算や立法の問題はひとまず置くとして、手続きとしてそもそもどのようなものが相当なのか?弁護士会として対応できるのか?最長72時間しかない逮捕段階で、交通不便な地域において対応できるのか?被疑者の資力要件はどのようにして確認するのか?などなど問題が山積みであった。
当番弁護型、被疑者国選前倒型、両者の折衷案などのモデル案が提出されたが、なかなか議論がまとまらなかった。そこで、海外視察により他の国の制度を参考にしようということになった。ドイツ、イギリスが視察の対象国となった。
イギリス調査
私は、イギリス調査団の一員となった。調査団のメンバーは以下のとおりである。
前田 裕司(国選シンポ実行委員会委員 東京 調査団長)
水谷 賢(国選シンポ実行委員会委員長 岡山)
賀川進太郎(国選シンポ実行委員会委員 岡山)
酒田 芳人(イギリス調査団 東京)
橋本 佳子(イギリス調査団 東京)
山本 衛(イギリス調査団 東京)
葛野 尋之(一橋大学大学院法学研究科教授)
仁木 敦子(通訳)
このイギリス調査は視察期間は5日間であった。ロンドンの弁護士会、法律事務所、裁判所、拘置所、大学などを訪問した。また、ロンドンだけでなく、ロンドンから電車で1時間から2時間ほどのブリストル、ブライトンも訪問し、イギリスの刑事訴訟手続きについて、生の現場を知ることが出来たことは貴重な体験であった。
資力要件不要
イギリス調査において、まず驚いたのが国選弁護(果たしてこの言葉が適切かどうか疑問も残るが)にもかかわらず、被疑者の資力要件が一切不問であることである。全被疑者は無料で弁護を受けられるのである。第4段階部会の議論のなかで、逮捕段階で、一体どうやって裁判官の関与なしに資力要件の確認を行うかについて様々な議論が沸騰していたことなど、どこかに飛んでしまった。仮にも公権力を用いて市民の自由を奪う以上、弁護士費用は国が支出するのが当然という考え方である。これは、ドイツの場合も同様であった。ヨーロッパ人権条約の影響である。
ただ、財政難や被疑者の人権に関心の低い日本にあって、資力要件を問わない国選弁護の実現はまさに夢のような話にも思えた。
電話接見
次に驚いたのが、弁護人と被疑者は24時間電話接見が可能であることである。実際、訪問先のサセックス(ブライトン市)の拘置所の被疑者の個室内には通話装置が設置されていた。
第4段階の議論のなかで、日本で逮捕段階から国選弁護が付くとしても、果たして短い逮捕段階で弁護士が接見に行くことが出来るのか。離島、僻地はどうするのか。この問題は、電話接見が面倒な手続きなしで可能になればほとんど解決されてしまうのである。
確かに、直に面談した方が信頼関係が生まれるし、被疑者の様子も良く分かるであろう。
それでも、捜査機関の取調べが開始される前にただちに被疑者に電話を入れて、「弁護士が行くまでは何も話さなくてよい。そういう権利がある」などと助言するだけでもかなりの効果は期待される。また、二回目以降の接見においても、ただ状況を確認するだけのような場合なら出向く必要はないことも実際には多く、弁護士人の負担も軽減出来るし、電話接見の場合の国選接見報酬を安くしたとしてもクレームはないものと思われる。
弁護士以外も接見可能
さらに、イギリスでは、弁護士は自ら接見しなくとも弁護士資格がない者を自己の代わりに接見させることが可能なのである。元警察官などが多く、一定の資格審査はあるようだが、想像もできなかった制度がある。
次に、国選弁護の質を担保する制度であるが、さすが市場原理の国である。被疑者が国選弁護人を事務所単位で指名可能なのである。訪問先のエドワーズ弁護士(ロンドン)は「国選弁護人の大部分は指名によって選ばれており、各事務所は指名を獲得しようと懸命に被疑者のために尽力する」と述べられた。また、サセックス(ブライトン市)の拘置所には弁護士依頼のPRポスターが貼っていた。キャンベル弁護士も、「リピーターが多いので、前回しっかり弁護すれば必ず指名来る。指名が来ずに順番を待っていたら、ほんの少ししか事件は回ってこない」などと冗談を交えて述べていたのが印象的であった。
ちなみに、拘置所、法律事務所、弁護士会、大学などすべての訪問先では常に紅茶やクッキーで丁重な歓待を受けたことも報告しておきたい。
次に、今回のイギリス調査の目的とは直接関係はないが、他の刑事弁護制度も紹介させていただくことにする。
証拠開示制度
いち早く被疑者と接見しても、捜査機関の手の内が分からなければ的確な助言はできない。イギリスでは、運用上、黙秘権行使と引き換えに事実上の証拠開示がなされている。証拠をみて弁護人は罪を認めるか判断できるのである。捜査段階での証拠開示などまず不可能だと考えられている日本との違いにまたもや驚く。
取調べの可視化と弁護人立会権
これらは、当然の制度となっていた。私は、可視化もさることながら弁護人立会権の重要性を認識出来た。すなわち、弁護人が代わりに応えることができない以外は、黙秘権行使を指示したり、被疑者と直ちに相談したり、調書を確認したりとその効果はかなりものかと考える。
このような被疑者を資する制度を次々に紹介していくと、捜査に支障はないのだろうかと疑問が湧いてくるが、ご存じのとおりイギリスはカメラが至るところに設置されているし、盗聴、司法取引も行われているなど日本とは異なる制度があることも押さえておかなければならない。
財政面
最後に、財政面についてであるが、日本と比べ充実した弁護制度であるが、結局のところ、費用は税金である。昨今の財政状態悪化を受けて、イギリス政府はコールセンター対象事件を拡大しようと考えている。コールセンターとは、交通違反などの極軽微な犯罪で逮捕された場合、国選弁護人は付かず、拘置所から24時間コールセンターに電話をすることにより弁護士のアドバイスを受けられる制度である(なんと、コールセンターは民間企業である)。このコールセンターの対象事件を拡大しようとしているのである。この動きについて西イングランド大学のケープ教授は、「不本意だが、いたしかたない面はある」と述べられた。国選弁護制度を財政的に支えているのは結局のところ税金であり、制度拡張に限界があることも押さえておくべきである。
しかし、日本の場合、国際水準より遥かに低いレベルの刑事弁護制度にもかかわらず、国選弁護の拡大の話を持ち出すと、政府関係者はすぐに財政の問題を出してくることにはやはり大いに疑問が残るところである。
裁判所
イギリスでは、重罪はクラウンコートで陪審制、軽罪はマジストレイトコート、中間犯罪がクラウンコートかマジストレイトコートを選択できるという制度になっている。
マジストレイトは一般市民が裁判官として裁判を行う。この判決がユニークであった。国選弁護費用の負担はないが、検察官費用は負担させるのである。被害弁償も裁判所が額を決定してしまう。
思わず笑ってしまったのは、裁判官が被告人に現在の所持金と週給額を訪ねて、分割額を決定してきちんと払うように説明するのである。また、大部分の被告人は在宅で、公判に臨んでいたのも印象的であった。
クラウンコートでは詐欺事件、爆弾テロの予備事件等を傍聴した。裁判官のみならず弁護人も検察官もカツラに法服で、ときにジョークを交えて発言するのが習慣なのか、話には聞いていたが微笑ましく思えた。詐欺事件では被告人不在なかで審理をしていたのが印象的であった。
日本の弁護士会の頑張りをイギリスの弁護士へ
私は、個人的にエドワード弁護士に対して、当番弁護の費用について弁護士会が自費で行っていることについて伝えたところ、非常に驚かれるともに、敬意を表してくれたことが一つの救いであった。また、当会の弁護士会費の額を告げたところ、イギリスの5倍以上の金額だったことにも非常に驚かれていた。
このようにイギリス視察は日常業務では体験でなきないことばかりで大変有意義であった。また、視察期間中、刑事弁護の第一人者の前田先生や刑訴法学者の葛野先生らと話が出来たことも大きな収穫であった。
国選プレシンポ 平成24年11月9日
国選シンポに先立ち、岡山弁護士会でプレシンポを開催されることとなった。私はパネリストとして参加することになった。このプレシンポも本シンポと並行して準備をすることになったので準備が大変であった。このプレシンポは岡山弁護士会主催であり、当会独力で準備をしなければならないからだ。
韓国の刑事手続制度
何度か協議を重ねた結果、韓国の早期の身体解放制度を研究し、日本の制度と比較することになった。当会からも数名が参加している日弁連の調査団が韓国を訪問し、現地で情報収集を行った。その後、韓国より李東熹韓国警察大学校教授を招いて、当会プレシンポ実行委員との間で勉強会を開催した。
李先生は、日本に留学経験があり流暢な日本語を話し、日本の刑事訴訟制度にも精通しておられたので、日韓の刑事訴訟制度の比較を行うことが出来た。
韓国での勾留請求却下率は24%、保釈率は43%と高い数字である。この数字は、検察側が勾留請求を相当に絞って出しての数字なのでさらに驚きである。また、日本にはない起訴前保釈制度として拘束適否審査手続という制度があり、起訴前にお金を積むとか住宅を制限するとか一定の条件のもとで身体解放が行われている。被疑者段階であれば、勾留するかしないかの二者択一しかない日本に比べ、非常に柔軟な制度である。
次に特筆すべきは、韓国では勾留審査の場で、弁護士が付いて公開法廷において弁護した上で勾留するかどうか決めるという制度である。日本の場合、何度申し入れても勾留質問の場に弁護人の立会いが認められないのが現状である。
また、取調べの可視化、弁護人の立会いも当然に制度化されている。
気がつけば刑事訴訟手続後進国
私は、平成23年に、台湾の弁護士会の方々とも刑事弁護制度についての勉強会を行った。台湾も、取調べの可視化や弁護人の立会制度化がすでに実現している。このように気がつけば、可視化も弁護人立会権もない日本は世界でも少数派となってしまった。ましてや先進国のなかではもっとも遅れているのが日本の制度かもしれない。
韓国、台湾とも軍事独裁政権のもとで不当な身体拘束による人権侵害がなされたという時代背景があるにせよ、日本に追いつこうとしていたものが、今や相当に先を走っているように感じてならない。
私は、韓国や台湾で刑事訴訟手続改革をどのようにして成し遂げたのか非常に興味があったのだが、韓国・台湾ともに弁護士会の役割ももちろんあったようだが、主には政治主導によりこの改革が達成したとのことであった。人権侵害の歴史的背景から国民世論が後押しした結果であった。日本の場合、戦前の治安維持法による不当な身体拘束の反省から新刑事訴訟手続き制度が設定されたのだが、その後、形骸化というべきか制度疲労を起こしているように感じる。ある意味、今の日本は平和ともいえるのであるが、不当な身体拘束に対する国民世論の盛り上がりは少なく、国民の票が期待出来ない刑事訴訟改革が果たして政治主導でなしうるのか考えると悲観的にならざるを得ない。
もっとも、このような状態で捜査機関の捜査はどのように行っているのかという疑問に対しては、韓国では国が保安上の必要から国民全員全指の指紋を把握していることや盗聴なども行われているとのことであった。この点は、イギリスと同様捜査機関の対抗手段にも配慮していた。
プレシンポ当日(平成24年11月9日)
当日は、岡山弁護士会の大会議室がほぼ満杯となる約130名の方々の参加を得た。弁護士のみならず一般市民の参加も数十名あった。また、ほとんどの方が途中で席を立つことなく、参加人数は開会してからも増えていった。
内容的にも参加人数からいっても大成功だったと思う。
プレシンポのあとの懇親会の席で、李先生とイギリスの電話接見の話になった際、李先生はその場から韓国の警察署の署長に電話をされて、「韓国でも今は電話接見可能になっています」と教えていただいた。近年、日韓関係が揺れているが、学ぶべきところは学ぶべきだと思う次第である。
国選シンポ当日(平成24年12月14日)
私は、当会の岩﨑会員ともに総合司会をすることになった。リハーサルを行ったり、皆さまの協力の元、なんとかこなすことが出来た。
その他、岡山駅から会場までの道案内のため、当会刑事委員会のメンバーに協力を仰ぎ、寒い中、各所で案内板を持っていただいた。(この場を借りて、感謝したいと思う。)
当日、一番気になったのは、なんといっても参加者の人数である。衆議院が突然解散になりこのシンポの2日後が投票日であることや、このシンポ開催の少し前に当会の弁護士の不祥事が明るみになったことで、参加人数への影響が懸念された。
しかし、当日は天候にも恵まれ、会場は満杯状態となり、後方の参加者の机を撤去して椅子を入れなければならない状態になってしまった。この点は、当日配布資料が相当に大部であり、シンポ中に資料を閲覧するのに相当支障があったのではないかと後日の実行委員会でも反省点としてあげられた。
内容的にも、参加人数的にも大成功だったと自負する。ただ、惜しむらくは、一番聴いてほしかった政治家の方々が、衆議院選挙投票2日前ということで参加予定者全員がキャンセルされたことや、平日開催ということもあって裁判所や検察庁の方々の参加もほとんどなかったことである。
以下国選シンポ当日の内容をまとめた。イギリス調査のみならず、ドイツ調査、韓国調査、弁護報酬、第3段階実現体制など私が直接関わっていない分野についても素晴らしい内容であった。
第三段階実現について
弁護士数の増加のみならず各単位会や会員の努力によって、第三段階がいつ始まっても対応可能な状態であること、被疑者弁護援助制度の活用による成果として、岡山広島の弁護士の弁護活動が紹介された。
つづいて、国選報酬については、国選弁護報酬に関するアンケート結果の分析から国選報酬体制の問題点が指摘されるとともに、今後のあるべき姿が示された。実例として、国選弁護人が何十万円もの私費を投じて私的鑑定を依頼せざるをえなかった岡山の活動例や、不起訴や認定落ちを獲得しても国選報酬額にまったく反映されない広島の例が紹介された。
制度改革について
「被疑者段階における身体拘束からの早期解放を目指して」と題してパネルディスカッションが行われた。韓国における「拘束適否審査制度」の視察結果から、人質司法打破を目指すための制度改革について議論が行われ、起訴前の証拠開示、起訴前保釈制度、勾留再審査手続を導入が提案された。
第4段階について
そして、私も調査に参加したイギリスの制度を踏まえた第四段階についてのパネルディスカッションである。
前述のように、当番弁護士型、被疑者国選前倒型、両者の「折衷型」の3案を検討してきたが、これらの案を統一するために、イギリス、ドイツの弁護制度視察が実施された。ドイツでは、被疑者の意思にかかわらず国選弁護人を選任する制度を導入することによって逮捕段階の弁護活動が行われている。パネルディスカッションでは、イギリス型ドイツ型をそれぞれ前提とする二つの「私案」をもとに、具体的制度について議論が実施された。しかし、統一的結論までにはいたらなかた。
私としての第四段階
イギリスドイツともに、資力要件を問わないこと、国選弁護人は指名出来るという点は共通である。しかし、ドイツでは、そもそも供述証拠は証拠能力を認めないという運用がなされているので、弁護人がただちに接見する必要がないという点で、イギリスや日本とは大きく異なっている。被疑者は国選弁護人を何日もかけて選ぶのが通常というドイツの制度は、まさに供述証拠の証拠能力を認めないという運用のなせる技であり、日本で果たしてこのような制度が導入できるものなのかと考えてしまう。私としては、イギリス型を基本にして電話接見を認めるように目指すのが一番現在の制度の改良型と言えるのではないかと考えている。とはいっても、資力要件撤廃(資力要件を付けると弁護士人がただちに選任されない。)、電話接見の実現、コールセンターの設置など、果たして実現しうるのか財政面の了解は取れるのかと考えるとき、世論の後押しや強力な政治力が不可欠ではないかと考えてしまう。
最後に
しかし、我々の先輩方は当番弁護士制度を20年以上前に制度化し、数年前には被疑者国選弁護制度を実現したのである。このときどれほどの世論の後押しがあったのか、政治力があったのか。実現に向けて弁護士会や我々弁護士の力を信じたい。